Episode 1出会い「施設あがりは、夜職で稼げってことだな」
この子は、オフィシャルホームページの
アイドル募集の応募フォームから、
面接兼オーディションという流れで
出会いました。
ノックもせず入室と同時に着席。
こちらの質問には「はい」と「いいえ」
だけで答え、姿勢は常に俯き加減でした。
終始、困惑していました。
さすがにこれはご縁がないなと思い、
面接を閉じました。
事務所から出ていく際、
彼女はぽつりとこう言いました。
「施設あがりは、夜職で稼げってことだな」
言いながら、薄く笑っていました。
僕は目を見開いていました。
僕も、施設あがりだったからです。
これが、リナとの出会いです。
Episode 2渡り鳥の家10年ぶりに訪ねた、同じ施設
翌日、今度はきちんと履歴書を
もってきてもらいました。
そこで、また驚きました。
この子は、以前僕がお世話になっていた
児童養護施設と、まったく同じ場所に
引き取られていました。
その日は一度帰ってもらい、
さらに次の日、10年ぶりに
「渡り鳥の家」を訪ねました。
施設長と思い出話に花を咲かせ、
今回の目的を忘れそうになりました。
リナは、どういった子だったのか。
入所の経緯は聞きませんでしたが、
彼女がここに来たのは、
9歳の頃だったそうです。
初めはずっと俯いて、
誰とも接しない子だった。
ある日、おやつのパンを
6歳の女の子に分け与えたことが
あったそうです。
「ありがとう」と返され、
彼女はしばらく、真顔になり、
その後、声をあげて泣いたそうです。
その日から、少しずつ打ち解けていった。
僕は、彼女の採用を決めました。
Episode 3あたし、ラップをやりたい踊れないなら、踊らせなければいい
リナがFuture Forecastの
第1号のメンバーとなって一週間。
重大な事実に気が付きました。
この子、絶望的にダンスが上達しません。
本人は一生懸命です。
むしろ、ここまでやる気があったのかと
驚くぐらい。
ただ、一切上達しない。
講師の先生も、半ば諦めモードでした。
そんな中、彼女から
1本のLINE通知がありました。
「あたし、ラップをやりたい。」
すぐには意味が飲み込めず、
とりあえずこう返しました。
「え?どういうこと?」
既読がつき、10秒後に着信。
「ラップだよ。HIPHOPやりながら
アイドルってできないの?」
できないことはない。
まずはアイドルを極めてから、と
返事を書こうとした瞬間、
ふと、何かが引っかかりました。
アイドル+HIPHOP。
融合したら、面白いかもしれない。
それに、と思った。
彼女は踊れない。
なら、踊らせなければいい。
直立不動で言葉を吐く方が、
この子はずっとかっこいい。
さらに、彼女は続けた。
「輪入道の"徳之島"」
「あれを聴いて、音楽を
やりたいって思ったの」
輪入道さんだろ、と
ボソッとイラついたあと、
この子はマジだ、と感じました。
とりあえず、リリックを
書いてきて、と宿題を出し、
画面を閉じました。
履歴書の写真を眺めながら、
気づけば僕は少し笑っていました。
Episode 4戦闘服フリルで武装
その日、事務所に
これからメンバーが
ステージ上で纏う衣装が
届きました。
1週間ぶりに会ったリナに
そのことを伝えると、
僕が言い終わる前に目を輝かせ、
「すぐに着てくる!」
と、更衣室へ。
衣装を纏った彼女は、
それからしばらく
はしゃいでいました。
「アイドルの衣装って
何となく知ってたけど、
こんなにかわいいんだね!」
僕らは、
スマホの中にしかなかったものに
驚くことが、人よりも多い。
施設出身あるあるに
共感しながら、
彼女の作ってきたリリックに
目を通していました。
粗削りでしたが、
そこには彼女の生き様が
載っていました。
選ばれぬ影 フリルで武装
皮を挘ぎ取り 放つは真装
彼女はすでに、
衣装を戦闘服だと自覚していました。
Episode 5サイファー回すんだ、これ。リナの手記
社長が、サイファーってのに
連れて行くと言った。
断る理由を探してるうちに、
着いてた。
高架下。
スピーカーひとつ。
知らない奴らが輪になって、
何時間も回してる。
何時間も。
こっちは入り方も知らないのに、
輪は一度も止まらなかった。
誰かと目が合った。
ビートの継ぎ目で、
一瞬、間が空いた。
その空白に、口が動いてた。
入るつもりなんて、なかったのに。
気付けば、
自分のことばかりラップしてた。
韻は踏める。言葉も出る。
それだけは、部屋でずっとやってきたから。
でも、誰かが目くばせしたのが
視界の端に見えた。
意味は分からなかった。
二周目も、同じことをした。
他人と比較 歪な自覚
握った詩だけ 唯一の知覚
そこだけ、輪の空気が少し動いた。
なんでかは分からなかった。
次のやつが、
あたしの言葉を拾って繋いだ。
ああ、そういうことか。
回すんだ、これ。
そこからは拾うことばかり考えて、
自分の言葉が出なくなった。
ボロボロだった。
ビートは止まってくれなかった。
終わったあと、連絡先を聞かれた。
「また来いよ」
返事はしなかった。
ずっと下を向いてた。
アパートに帰って、ビートを流した。
次こそ。
それだけ考えて、回した。
朝、ソファーで起きた。
変な夢を見た。
小さいやつに、ラップを教えてる夢。
誰かは分からなかった。
鏡を見たら、目が赤かった。
寝てる間に泣いてたらしい。
覚えてない。
Episode 6小さい大会1回戦「1年生担任の先生」リナの手記
サイファーに通い始めて、
ひと月が経った。
高架下の輪に、
いつの間にか
あたしの立ち位置ができてた。
グループLINEにも
入れられた。
通知がうるさい。
でも、切ってない。
ある日、
スピーカー係の子が言ってきた。
「来週さ、小さい大会あんの」
「バトルの。俺も出るし」
「リナも出てみたら」
軽く言うな、そういうこと。
サイファーで
やっと自分のことを
吐き出したばっかりなのに、
今度は客の前でやれって?
展開が早いんだよ。
その日は返事をしなかった。
翌日、社長に話した。
「いいじゃん、出てみなよ」
二つ返事だった。
なんだこいつもか。
めんどくせ。
次の日から、
みんなが練習に付き合ってくれた。
わざと煽ってくるやつ。
負けたら奢りな、とか言い出すやつ。
バトルの練習は初めてだった。
やってるうちに、
気付いたら
次の練習の日を数えてた。
いけるかも、と
思う日も出てきた。
当日。
緊張は、してた。
してないふりをした。
小さい大会だから、
相手はくじ引きで決まる。
1回戦。
「1年生担任の先生」
なんだその名前。
出てきたのは、
いかにも先生って感じの女だった。
丁寧な口調で、
握手を求められた。
なんだ、
勝てそうじゃん。
Episode 7敗北「大丈夫、大丈夫」リナの手記
勝てなかった。
こっちが何を投げても、
全部拾って、
倍にして返してきた。
言葉が、
あの女の人生の厚みに
飲まれていくのが分かった。
客が沸くたびに、
自分の足元が
薄くなっていった。
終わった。
そりゃそうだろ。
何期待してたんだろ、あたし。
差し出された手は
取らなかった。
軽く頭だけ下げて、
ステージを降りた。
社長に何か言われた。
怒ってるのは分かった。
音だけ聞こえてた。
言葉は入ってこなかった。
帰り道。
路地裏で、
急に足が止まった。
しゃがんでた。
嗚咽って、
止め方が分からない。
「大丈夫、大丈夫」
今度は、
声で聞こえた。
ゆっくり、
何度も。
Interludeリナ、Xを始めるミオ、そしてメイとの出会いリナのX
Rina @rina_82103 · 1時間
みんなやってるのであたしもX始めました
隣に写ってるのはサイファーで一番仲いい子です
手だけ写ってるのはいつも煽ってくるクソガキです
クロップして胴体消してやりました
これからよろしくお願いします
Rina @rina_82103 · 30分
ミオの友達で一軍女子って名乗ってる
ラッパーのメイって子に初めて会った
めちゃくちゃ感じいい子だった
なんか自分と似てる雰囲気すら感じた
あたしの苦手なフリースタイルの練習に
付き合ってくれた
結果、ぼろくそに説教された
だけどなんか掴んだ気がする
ありがとうねメイ
Interlude初めて勝ったMCdogoro vs 地下アイドル女子リナのX
Rina @rina_82103 · 5分
またフリースタイルバトルの大会に
出てきました
初めて勝ちました!!!!!
やったー!!!!!!
でも2回戦で負けた
まだまだだ
Episode 8先生本大会、1回戦。あの女だ。リナの手記
この前勝った。
それだけで、
ちょっと調子に乗った。
この国で一番デカい大会の
予選に出てみた。
ステージに上がるだけで、
歓声が沸くようになってた。
Xのおかげかな。
みんなかな。
社長かな。
全部だな。きっと。
恵まれてるよ。
あたしは、ほんとに。
無我夢中だった。
気付いたら、
準優勝してた。
自信が、
確信に変わりそうだった。
ひと月後。
本大会。
人生で一番、ビビった。
トーナメント表を見た。
1回戦。
「1年生担任の先生」
あの女だ。
なぜか、
ちょっと肩の力が抜けた。
挨拶した。
無視された。
は?
ふざけんな。
……あ。
前に握手蹴ったの、
あたしだっけ。
でも、
あんた先生だろ。
絶対、勝つ。
負けた。
ギリギリだった。
バトルの途中で、
先生が言った。
「あんた、なんでXで
怒りも悔しさも隠して
投稿してんの?」
怒り?
悔しさ?
知らねえよ。
分かんねえよ。
気付いたら、
叫んでた。
「あたしを捨てた人を
恨んじゃうからかな」
「それの何が悪いの」
客の声が、
遠くなった。
また、泣いてた。
なんで泣いてんのか、
また分からなかった。
終わったあと、
先生が来た。
泣いてた。
あたしより、泣いてた。
「ごめんね」
何回も言われた。
いいよ。
自分でも
よく分かってないんだから。
そう返した。
とりあえず、
心の中でだけは。
怒ってみたよ。
悲しんでみたよ。
先生。
また一歩、
進めたかな。